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自然観察大学ブログ

続けてほしい生物季節観測(2)

気象庁の生物季節観測の大幅縮小に関して、前回は第一報を記した。
今回は改めて私見を申し述べたい。


生物季節観測とは


気象庁が1953年から続けてきた観測は、ほんとうに貴重なものだと思う。
HPで公開されている過去のデータを改めて見ると、日本列島を網羅する形で緻密な観測がなされていることが実感できる。
このページの「生物季節観測値」の項に観測種目の一覧表があり、表中の種目をクリックすると個々のデータのPDFが閲覧できる。(このページもいずれは消えてしまうのか?)

およそ70年にわたって積み上げてきたこれらのデータがあるからこそ、桜前線などが予測可能となる。花見の宴の日程の参考にする、あの桜前線のもとになるのだ。
まさに世界に誇るべきデータの蓄積だと思う(海外事情は知らないが…)。

気象庁による生物季節観測の目的は「気候変化の察知」で、農業などに直結する情報提供につながる。また、地球温暖化など長期的な気候変化を把握することも重要だ。
それとは別に、生物季節による表現は、我々にわかりやすく季節を伝えてくれるものである。例えば「芽吹き・新緑」=「春」というのは誰もがすぐに実感できるであろう。

今回の見直しでは一転して、2021年1月から生物季節観測を大幅縮小するという。
植物では42種目を9種目に、動物にいたっては24種目をゼロにするというのだ。(詳しくは前回の記事を参照)
なんとももったいない、残念なことだ。
続けてほしい生物季節観測(2)_d0163696_14532267.jpg
イヌシデとエノキの新緑 2018年4月17日 千葉県我孫子市谷津ミュージアムで撮影


生物季節観察の意義

観測 = 観察して測ること、観察 = 観て察すること。意味は少し異なるが、ここでは自然観察大学のテーマである生物季節観察について記したい。
生物季節観察の価値、意義については、『季節の生きもの観察手帖』( のまえがきに凝縮されているので、以下に抜粋させていただく。
……………………………………………………
日本の自然は豊かで変化に富んでいる。四季折々の花が咲き、蝶が舞い、鳥が歌い、人々は巡りくる季節を楽しみ、日々の暮らしも自然と共にある。
二十四節気・七十二候は、細やかな季節の変化を受け止め、農業や漁業、年中行事や民俗、あるいは俳句や季節の挨拶など、日本人の生活に深く浸透してきた。また、開花や結実、渡り鳥の飛来のような生物の周期的な活動と季節との関係を研究する生物季節学(フェノロジー)とも深く関わっている。
二十四節気・七十二候を意識することにより、自然観察の楽しみが増え、新しい発見や感動的な出合いに恵まれるに違いない。(後略)
2017年3月 NPO法人自然観察大学 学長 唐沢孝一
……………………………………………………

季節の変化を知るとき、気温の変化や日長などが直接的な基準になるだろう。
しかし、実感として季節の移り変わりをとらえられるのは、動植物の動きや初霜、初氷などの自然現象によってではないだろうか。
なにより、季節変化をあらわす手段が数値だけでは、いかになんでも味気ない。


二十四節気・七十二候について

二十四節気の基準となるのは日長時間で、春分と秋分は昼夜が同じになる。それを1/2ずつ計4分割したのが四季。さらに四季を6分割したのが 立春、雨水、啓蟄、春分 … つまり二十四節気であり、それぞれ15日単位の季節を表している。
対して七十二候は二十四の各節気を1/3に分割したもので、およそ5日単位になる。東風凍解(とうふうこおりをとく)黄鶯目見(うぐいすなく。3文字めは目と見で一文字)、草木萌動(そうもくめばえいずる)菜虫蝶化(なむしちょうとなる) … と、侯ごとに季節変化を表していて、その表現のもとが自然現象や生物の動きである。つまり七十二侯は自然観察から生まれたのだ。

続けてほしい生物季節観測(2)_d0163696_14533198.jpg
「季節の生きもの観察手帖」の巻頭ページより クリックで拡大

話はそれるが、二十四節気・七十二候の概念を “旧暦”と表現することがあるが、これは誤解である。旧暦とされるのはふつう月の満ち欠けを基本とした太陰太陽暦のことであり、日本の暦は明治以降に太陽の動きをもとにした太陽暦(グレゴリオ暦)に切り替えられた。
二十四節気・七十二候はこれらとはまったく異なる考え方によるものであり、旧暦どころか、季節を感じながら自然に親しむための粋(いき)な暦だといえる。


観察によって成り立つ七十二候

自然観察によって成立した七十二候は、該当する季節(侯)、すなわち1年のうちの5日間を、もっともふさわしい事象が選定されている。われわれ自然愛好家の感性に訴えるのはもちろんである。(ついでに言うと、おまけにこの上なく格調高い!)

具体的な例をあげよう。
「季節の生きもの観察手帖」が完成した2017年3月31日のこと…
完成の喜びにひたりながらページを開くと、この日は、七十二候では雷乃発声(かみなりこえをはっす)に当たる。解説文に「春の訪れを告げる‘春雷’が鳴り響くころ」と記されていた。
するとどうだ。3日後、4月3日の夕刻に春雷が鳴った。まさしく雷乃発声の季節であった。感激した私は、さっそく本書のメモ欄に力強く書き込みをしたのであった。
なお、偶然にもこのことは、Amazonのカスタマーレビューで鷹野文月さんもコメントしてくれている(

七十二候を選定した いにしえの賢人たちは、さぞかし自然観察の達人だったことと、改めて感心させられた。


観察・観測は継続が必要

二十四節気・七十二候は古代中国に生まれた歴史のある概念である。
これを日本に導入するにあたって、七十二候では気候的、文化的なことからいく度か見直されたという。
つまり、観察・観測は継続が必要で、そのつど実情に合わせるように工夫されているということである。

気象庁が生物季節観測を大幅に縮小する、その理由も理解できる。
各地の気象台では、担当の方がおられると思うが、誰でもできるというわけではない。鳥や虫の鳴き声で生物種を正確に聞き分けることができなければならない。さらにアキアカネ、キアゲハ、モンシロチョウなどよく似た種があるものは、飛ぶ姿を見て識別するのはかなりの難易度と思う(私にはとうていできない)。
聞くところによると、例えばヒグラシの鳴く季節が近づくと、担当者は初鳴きを聞くまで毎日何度も、決めたエリアの巡回を繰り返すのだという。たいへんな業務である。
植物では、タンポポの開花という種目がある。しかしセイヨウタンポポであれば年末年始を含めて夏以外はほとんど一年中開花しているので、観測対象としてはカントウタンポポなど各地の在来のタンポポの開花を見るのであろう。セイヨウタンポポとの見分けは、雑種もあって意外に難しい。

このように、さまざまな難しい問題があると思うが、それでも継続することは大きな意義があると思うのである。
種目を減らすことに異議はない。しかし、植物42、動物24、計66だった観測種目を、植物のみの6種目に縮小するというのはやりすぎではないだろうか。
植物動物を合わせて2/3の44種目に、あるいはせめて半分の33に絞るというのはいかがだろう。
気象庁には、ぜひ再考いただきたいものである。

気象予報士の森田正光氏の記事によると、気象庁としても「ニーズが高まったり状況が変われば復活もあると思う」ということであった。
ぜひお願いしたい。
2020年11月20日、報告:自然観察大学 事務局O



by sizenkansatu | 2020-11-20 15:08 | その他 | Comments(2)
Commented by wabisuke-miyake at 2020-11-20 18:59
本当に残念なニュースでした。
気象庁は災害が多発しすぎて
お仕事多すぎるのでしょうかね
環境省か文部科学省なんかで
継続してもらえないかしら…
お役所のお仕事のこと詳しくしらないので
適当なこと言ってたら叱られそう(^^)
Commented by sizenkansatu at 2020-11-21 22:43
> wabisuke-miyakeさん
コメントありがとうございます。
気象庁の方も今回の縮小では、断腸の思いの方が多数おられるのではないでしょうか。
なんとか思い直して継続してくれることを願っています。

いま水面下で、NPO法人自然観察大学の会員のみなさんの間で意見が交わされています。
近日中にこのブログで掲載させていただきたいと思います。
wabisukeさんも引き続きよろしくお願いいたします。
事務局Oより

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