自然観察大学ブログ

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オトシブミの産卵に遭遇

前回に引き続きアカクビナガオトシブミ。
同じヒメリンゴの木で、今度は産卵に遭遇した。
(まだ5月はじめの話をしています。すみません)

さて、発見した時はすでにこの状態。
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二つ折りがすんで、先端から巻き上げる準備に入ったところのようだ。
この時点(12時08分)で作業開始から15分から20分は経過しているものと考えられる。
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ときどき、上のほうを巡回したりしながら、赤首嬢は慎重に作業を進める。
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先端近くは、とりわけ念入りに下準備をする。
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先端部分を集中的に作業する赤首嬢。いよいよ巻きはじめるらしい。
数分後、怪しい動きを始める。
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深呼吸して集中を高めているかのように静止した。
(肺がないからそんなはずはないと思うが…)

そのとき。意を決したように頭を突っ込んだ!
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これは産卵のための穴を開けているのだろう。
などと考えていると…
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さっと体勢を入れ替えて産卵!
なんと、カメラ位置に合わせてくれた。
赤首嬢に感謝。

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産卵を終え、あらためて葉を巻きはじめる。(12時17分)
ここからは一気に作業が進む。
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産卵してから約10分。(12時29分)
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完成した揺籃の仕上がりを確認する。

すべてを終えて、隣の葉に移動した赤首嬢。
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労働を終え、満足げな表情でしばし佇む。
そしておもむろに飛び去った。

そういえば、以前に観たエゴツルクビオトシブミも、仕事が終わると同じポーズで一服していた。
う~む。充実感に浸る瞬間ということか?

ちなみに、母親が去った後の揺籃はこれ。
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アカクビナガオトシブミの揺籃はゆりかごというよりもがっちりと固定された感じ。
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いい仕事してますねぇ。
赤首嬢は几帳面な正確なようだ。


この日、同じヒメリンゴで、別の個体の揺籃づくりのはじめから終わりまでを観察したところ、全工程で約50分であった。
(こちらのほうも、いずれ時間のある時に報告させていただきたい)
以前に観たエゴツルクビオトシブミが約70分であったことを考えると、ずいぶん早い。
※ エゴツルクビオトシブミの揺籃づくり  

ヒメリンゴの葉のほうがエゴノキよりも加工しやすいというのか、それとも、アカクビナガオトシブミのほうが体力的に優れているということか?
そういえば、雄のほうも体力を持て余して、無駄に豪快な食事をしていた。
※ 前回の記事「オトシブミの豪快な食事」 

2015年6月30日、報告:自然観察大学 事務局O

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by sizenkansatu | 2015-06-30 07:29 | 昆虫など | Comments(2)

オトシブミの豪快な食事

相変わらず旧い話で恐縮だが、5月はじめの観察記録。
この日、驚くべき光景に遭遇した。

ヒメリンゴと思われる葉上にオトシブミ。
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たぶんアカクビナガオトシブミだ。
上の写真は首(というよりも頭か?)が短いので雌。

このポーズで、葉の先端にとまっているオトシブミをよく見かける。
風を読んでいるのか、それとも交尾の相手を待っているのか?
しばらくポーズをとったあと、おもむろに飛び立つ。
まさか写真を撮ってほしい、と誘っているのではないと思うが…
謎だ。

雄は雌よりもずっと首が長い。
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アカクビナガオトシブミというだけあって、オトシブミの中でもとりわけ首長だ。

ふつう雄は、雌を求めて日がな一日ふらふらしている。(と思う)
勤勉に揺籃(ゆりかご)づくりに励む雌のまわりで、きらくにふるまう姿は、フーテンの寅のようでもある。
無駄に長い首なので、揺籃づくりの作業には適さないとも考えられる。

さて本題。
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遠目には、揺籃づくりの初期段階で葉に切れ目を入れているのかと思ったが、首が長いので雄だ。
はて。何をしているのか?
まさか、雄が揺籃を作っているとか?

そっと近づくと、曲げた長い首を、ばね仕掛けのように “ビィーン”と跳ね上げる。
驚いてそのまま観察を続けていると、また同じように“ビィーン”とやる。
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どうやら、葉を噛みちぎるように食っているらしい。
うーむ。なんという雄々しさ。拡大すると大迫力!!
雄がこんな食事作法をしているとは驚いた。
一日中ふらふらしているなどと言ってしまったが、失礼いたしました。

この豪快な食事はしばらく続き、なんとかしてこの動きを表現したかった。
動画で撮りたいところだが、経験もないし、三脚もない。
あれこれチャレンジする間に飛び去ってしまった。
あとに残された食痕がこれ。
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画面の上のほうが噛みちぎられた跡である。
画面の下の褐色になったところは、おそらく旧い食痕だろう。


考 察
そういえば、オトシブミの首を曲げた姿は、パワーショベルに似ている。
先端にくちばし状のアタッチメントをつけて、パワフルに建物を解体する、ユンボとかバックホーなどというアレだ。
オトシブミの雄の首が長い理由は、もしかしてこの豪快な食事法のために発達したものなのだろうか?
だとしたら、無駄に長いなどと言ってしまって、雄たちに申し訳ない。
そうはいっても、この豪快な食事法の、それ自体が無駄ともいえるが…

2015年6月24日、報告:自然観察大学 事務局O

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by sizenkansatu | 2015-06-24 07:31 | 昆虫など | Comments(0)

真田の庄-おまけ イタドリハムシの美容法

しつこいようだが5月はじめの話。(すみません)

真田氏本城でスイバの葉をかじっていたイタドリハムシ。

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ちょっと見にはテントウムシに似るが、二回りぐらい大きく、触角が長い。

「蓼食う虫も好きずき」というが、辛いのはヤナギタデだ。ホンタデとも言って、刺身のツマとして添えられる。

同じタデ科でもスイバとイタドリは酸っぱい。(別名スカンポ)
酢は美容と健康に良いらしいが、イタドリハムシのハリとツヤ、鮮やかな色はその効果か?

2015年6月16日、報告:自然観察大学 事務局O


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by sizenkansatu | 2015-06-16 12:49 | 昆虫など | Comments(2)

真田の庄-その3 真田氏本城のタンポポ

前回の砥石城のすぐ近く。なだらかな丘陵地に、真田氏本城跡と言われる場所がある。
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真田昌幸が上田城を築くまでは、ここが真田氏の本城だったと考えられている。
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これは現地の案内板。
真田氏本城は右端にあり、砥石城は左上にある。
その先に上田城も記されているが、実際には上田城はずっと離れた場所だ。

真田氏本城は、芝を貼ったりして整備が行き届いた広場になっている。
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予想どおり、目にしたタンポポは雑種ばかり。
最近は「これぞセイヨウタンポポ」というものに、めっきりとお目にかからなくなった。

広場の芝地のすきまに、オドリコソウの群落があった。
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おそらく植栽されたものだと思うが、やはり在来の植物は気品がある。
(暑い日の夕方で、少し萎れている)
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語源とされる踊り子も、これなら納得できる。

在来タンポポをあきらめかけていたら、立派な群落があった。
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日暮れ近くで花は終わっているが、エゾタンポポの群落だ。
自然観察大学の観察会で見た野川公園のカントウタンポポもそうであったが、人の出入りの多い環境でも、うまい具合に管理すると在来のタンポポが残るようだ。

2015年6月13日、報告:自然観察大学 事務局O

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by sizenkansatu | 2015-06-14 00:17 | 植物 | Comments(0)

真田の庄-その2 佐久間象山とタンポポ

前回、砥石城のスズメノヤリを書いたが、次は本命のタンポポである。

砥石城へのメインルートは、最近整備されたこともあってか、在来のタンポポは見つからなかった。
やはり人の手が入り、森が拓かれると、セイヨウタンポポがとってかわるようだ。

それならと、別のルートにいってみた。
尾根の東側から大手口を経由して砥石城の本城へ行く。(前回記事の地図参照)
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こんな感じの、快適な小路が続く。(しつこいようですが季節は5月末です)
この小路は、かつては重要な街道だったようだ。
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旧松代街道といって、松代と上田を結ぶ道で、かの佐久間象山が通った道だそうである。
(ちなみに砥石城は戸石城とも記される)

ご存じのとおり、佐久間象山は幕末の学者。当時、洋学の第一人者で、開国論者であった。公武合体を唱えたのも象山である。
吉田松陰や勝海舟など幕末のヒーローたちのほとんどが象山の弟子だったことを考えると、歴史を作った巨人の一人である。

さて、開国論者が通ったという、西洋とかかわりの深い街道のタンポポはどうなっているか?
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明るい林床にポツリポツリとあるタンポポは、予想に反して(?)ほとんどがエゾタンポポであった。
樹林があると、セイヨウタンポポの来襲は阻止されるのだろう。

そんな中にも怪しいタンポポがあった。
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セイヨウタンポポではないが、エゾタンポポとは違う。
拡大して観よう。
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総苞外片は反り返らないが、しまりがない。
日本のタンポポは、外片がキュッとしまっているハズだ。

これがエゾタンポポとセイヨウタンポポとの雑種だとすると、和洋混交か、はたまた公武合体ということか?

別の怪しいタンポポがあった。
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総苞外片は日本のタンポポらしく、きっちりと折り目正しい姿。
しかし、1片ずつが妙に盛り上がっていて、これまでに見たことがない形だ。
もしかすると、これがうわさに聞く“シナノタンポポ”なのだろうか。
それともやはり、セイヨウタンポポと在来種の雑種なのだろうか?
シナノタンポポをネットで調べてみたが、サイトによって定義が違っているようで、残念ながらよくわからない。

そこで私は、この街道と開国にちなんで “ショウザンタンポポ”と呼ばせてもらうことにした。
我ながら、なかなかGoodな命名だと思う。
(ひとりで勝手に命名して遊んでいますが、どなたかご存知の方はぜひご教示お願いします)

……………………………………………………………………………………

<2015年6月10日 追記>

I先生から「このタンポポはシナノタンポポと言われているものでよいだろう」とご意見をいただいた。
ポコポコと一片ずつが盛り上がった総苞外片が特徴のようだ。
逆に、一つ目のタンポポは雑種のようだ、というご意見も。
次からは標本を採集しなければ… 
M先生は花粉を採集して、顕微鏡で確認しておられる。
タンポポは難しい。

……………………………………………………………………………………

おまけ
路傍のマメ科植物にびっしりとついていたアブラムシ。
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「アブラムシ入門図鑑」(松本嘉幸、全農教)で調べると、ソラマメヒゲナガアブラムシらしい。角状管と尾片に特徴があるので間違いなさそうだ。
真っ赤な眼がチョイワル(古い!)っぽいが、なかなかの美形だと思う。

2015年6月8日、報告:自然観察大学 事務局O

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by sizenkansatu | 2015-06-08 07:20 | 植物 | Comments(0)

真田の庄-その1 砥石城を守る「雀の槍」

5月はじめに “砥石崩れ” で知られる砥石城を訪れた。
砥石崩れ(または砥石崩し)とは、若き日の武田信玄(晴信)が村上義清に記録的な大敗をしたものだ。
難攻不落の城を無理に攻めて失敗、さらに敗走する武田軍が追い討ちされた。総勢7,000人の武田軍のうち千数百人の死者を出したとされる。
(「翔ける合戦屋」(北沢秋、双葉文庫)には攻防戦の迫真の描写がある。合戦屋シリーズ全3巻はおすすめ)

東太郎山という尾根に沿って南側から順に砥石城、本城、枡形城がある。

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左下の米山城を含め、これらをまとめて砥石城と称したらしい。(地図の写真は現地の案内版)

地図の右側から観た尾根がこれ。

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絶壁で、ここから尾根上の城を攻め上ることは、とうてい不可能だろう。(正面からの写真なので傾斜が分かりにくいが…)
しかもこの下には神川が流れている。(地図では右端)
真田昌幸が徳川軍を撃退した「神川の合戦」(第一次上田合戦)で知られる神川だ。

唯一の攻城ルートは南側の斜面。

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写真は砥石城の直下である。写真ではわからないが、かなりの急斜面だ。
頑丈な階段は近年整備されたもので、当時は階段がないどころか、立木も伐採されていたはずである。
手がかり足がかりの何もない、難攻不落な城郭だったであろう。

急斜面を写真で示そうと、周囲を探しまわって撮ったのがこれ。

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45度以上ありそうだ。
この面は切岸(きりぎし)と言って、斜度が緩い場所を削って急傾斜にしたものだそうだが、どの面もここと同じくらいの斜度であった。
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斜面に生えるヤエムグラ。
平地では互いに寄りかかりながらとげを引っかけて立ち上がるのだが、ここではほふく前進しているように見える。そのくらい急傾斜ということだ。

頂上の眺めは好いのだが、残念ながらめだった遺構はなく、猫の額ほどの広場。

それにしても武田晴信は、明らかに無謀と思える砥石城攻めをなぜ決行したのか?
聡明で知られる武田晴信だが、若気の至りということだろうか? 腑に落ちない。

砥石崩れの翌年、この城は真田幸隆によって一夜にして落とされたという。調略だろうという説があるが、記録がなく真相は不明だそうである。

砥石城を含む真田の庄は、もともと真田一族のものであったのが、信濃で勢力を広げた村上義清に奪われたものである。追われた真田幸隆はその後武田晴信に属し、この功績によって取り戻した。


さて、本城へは、気持ちの良い、明るい尾根伝いを進む。

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本城跡には、点々とスズメノヤリがあった。
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スズメノヤリを漢字で表すと「雀の槍」。
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槍は槍でも、大名行列で槍持ちが持つ飾りの付いた槍だろう。
誰が命名したのかわからないが、「雀が大名行列で持つ槍」とは、ほのぼのとしたうまい名前だ。
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穂はもう果実になっている。これが雌性期や雄性期の花であれば、一段と華やかなはずだった。ちょっと残念。

ちなみに、槍の頭の部分は苞葉である。横にもう一つ小さな苞葉が出て、鎌槍のようになっている。

400年以上も前の城跡をスズメノヤリが守っているとは…

それにしても、城跡を訪れたにもかかわらず、それらしい写真を撮ってないことに気が付いた。
遺構がないこともあるが、これはひどい。反省。
せめて上田市の観光ガイドをご覧いただきたい  


余談ですが…
砥石城は、昨年も行ってみようとしたのだが、カーナビにも道路地図にも載ってなくて、断念した。
そこで今回は、はじめに「真田歴史館」というところに行って、砥石城などの周辺情報を仕入れたのだった。 
地図にないだけに、道なき道を行く覚悟をしていたのだが、登り口にはきれいな案内板(頭書に掲載)があり、コンクリート製の階段が整備されていた。
来年のNHK大河ドラマで真田幸村を取り上げるそうなので、それであちこち整備しているのだろうか。
上田市内は、いたるところに六文銭のノボリが掲げられ、大いに盛り上がっていた。

次回はタンポポの攻防の予定。

2015年6月2日、報告:自然観察大学 事務局O


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by sizenkansatu | 2015-06-02 19:07 | フィールド | Comments(0)

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