自然観察大学ブログ

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真田幸村とカメムシ

新年あけましておめでとうございます。
2016年も寛大な心でお付き合いいただきますよう、よろしくお願い申し上げます。

11月末に、大阪城と大坂の陣にかかわる旧跡を観てきた。

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真田幸村は、大阪冬の陣の真田丸で奮戦したことと、夏の陣での野戦で徳川家康を追いつめたことで知られる。幸村には信繁という名前もあるが、どちらかというと幸村が一般的なので、ここでは幸村と記させていただく。

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真田幸村が最期を迎えたとされる、安井神社。(安居神社、安居天神などともいう)
茶臼山(今は公園になっている)のすぐ近くで、住宅街のど真ん中にある。
小さな神社で、この写真にほぼ全域が映っている。

うっそうとした神域の一画には真田幸村の銅像があった。

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最近建立されたもののようで、この場ではちょっと浮いた感じ。
左脇(向かって右)にある刀は、もしかすると村正だろうか?
あの、徳川家に仇をなす妖刀村正として知られる名刀だ。
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この像の右肩にカメムシがいた。(見えますか?)
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ひなたぼっこをしているところだろうか。
背面には彫刻のような重厚な紋様があり、どことなく甲冑に似ている。格調高い紋様は、幸村よりもずっと立派である。
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横から観ると、かっこいいアスリート体型。
図鑑で調べるとミナミクモヘリカメムシのようだ。よく似た種でオオクモヘリカメムシがあるが、前者は両肩のとげが鋭く突き出る由なので、たぶんこれだろう。

幸村の頭の上にもカメムシがいた。

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アオクサカメムシだろうか。

真田幸村はいま話題の中心のようだが、カメムシたちにまで人気がある。



余談ですが…

真田幸村は2016年のNHK大河ドラマで話題になっている。真田親子(特に昌幸と幸村)は以前から人気が高かったが、これは不思議だ。歴史や伝承といったものは、権力者によってつくられるものだからだ。
徳川政権以降の真田人気は、将軍家の度量の広さからくるものなのだろうか。

「華、散りゆけど-真田幸村連戦記-」(海道龍一郎、集英社文庫)というのがある。
これはぜひ読んでいただきたい、おすすめの一冊である。とくに、冬の陣の真田丸の準備から攻防戦までは目を離すことができない。一気読みの覚悟が必要だ。

私はこれまで真田昌幸(親父のほう)ファンで、巷間の幸村人気には抵抗を感じていたのだが、これを読んで、俄然幸村ファンになってしまった。家人もこの文庫を読んで感激し、ぜひ現地を観に行こうと思い立った次第である。

なお、このブログでは過去にいくつか真田にかかわる報告をさせていただいてきたので、ご覧いただけるとありがたい。

上田城の攻防 -エゾタンポポとセイヨウタンポポ-
真田の庄-その1 砥石城を守る「雀の槍」 
真田の庄-その2 佐久間象山とタンポポ 
真田の庄-その3 真田氏本城のタンポポ 
真田の庄-おまけ イタドリハムシの美容法   


安井の清水

さて、私が安井神社を訪れた一番の目的は、境内にある安井の清水だ。カメムシ探しに来たわけではない。
幸村は夏の陣での家康襲撃のあと、安井の清水を末期に飲んだとされる。前述の海道龍一郎氏の文庫本でも安井の清水は重要な位置を占めている。
これは、真田ファンならずとも見のがすことはできない。

ところが、境内にはそれらしき清水が見当たらない。
社務所でうかがったところ、社務所の脇の石段を少し降りたところにあるが、石段が危険な状態なので進入禁止だという。
な、なんということか。

指示されたほうへ向かうと、怪しげな看板があった。

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簡素なのはよいとして、周辺の掃除用具は何とかならないものだろうか。

石段のところにロープが張られ、立ち入り禁止区域となっている。

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石段の上から覗いた「安井の清水」。
清水は枯れているようには見えないが、どうなのだろう。
飲むことはおろか、近づくこともできないとは、無念である。
崩れかけた石段が危険だというのなら、ぜひ、最優先で修復していただきたい。
幸村の銅像よりもはるかに価値が高いと思う。
人間にとっても、カメムシにとっても、である。



もう一つ余談

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これは「あべのハルカス」からの夜景。
はるか向こう、画面右上(奥)に見えるのが大阪城だ。(クリックすると拡大できます)
画面左を貫通する明るい通りは谷町筋で、手前の暗い一画は天王寺。フレーム外の左手前には茶臼山と安井神社がある。
ということは、かつての大阪城総構(そうがまえ)は、すぐ目の前まであったことになる。その距離約4km。壮大なスケールに改めて驚かされた。


なお、今回の写真は新しく導入したオリンパスOM-D M5 MarkⅡで撮ったものだ。
暗い境内でカメムシがバッチリ撮れていることにも感激したが、夜景が手持ちで撮れたことに驚いた。シャッター速度は1/6秒であった。本機の手ブレ補正機能は本物のようだ。

新発見された本当の真田丸跡地のことなど、報告したいことはまだまだあるが、やめておこう。自然観察とどんどん離れてしまいそうだ。

2016年1月4日、報告:自然観察大学 事務局O


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by sizenkansatu | 2016-01-04 16:19 | フィールド | Comments(0)

真田の庄-その1 砥石城を守る「雀の槍」

5月はじめに “砥石崩れ” で知られる砥石城を訪れた。
砥石崩れ(または砥石崩し)とは、若き日の武田信玄(晴信)が村上義清に記録的な大敗をしたものだ。
難攻不落の城を無理に攻めて失敗、さらに敗走する武田軍が追い討ちされた。総勢7,000人の武田軍のうち千数百人の死者を出したとされる。
(「翔ける合戦屋」(北沢秋、双葉文庫)には攻防戦の迫真の描写がある。合戦屋シリーズ全3巻はおすすめ)

東太郎山という尾根に沿って南側から順に砥石城、本城、枡形城がある。

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左下の米山城を含め、これらをまとめて砥石城と称したらしい。(地図の写真は現地の案内版)

地図の右側から観た尾根がこれ。

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絶壁で、ここから尾根上の城を攻め上ることは、とうてい不可能だろう。(正面からの写真なので傾斜が分かりにくいが…)
しかもこの下には神川が流れている。(地図では右端)
真田昌幸が徳川軍を撃退した「神川の合戦」(第一次上田合戦)で知られる神川だ。

唯一の攻城ルートは南側の斜面。

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写真は砥石城の直下である。写真ではわからないが、かなりの急斜面だ。
頑丈な階段は近年整備されたもので、当時は階段がないどころか、立木も伐採されていたはずである。
手がかり足がかりの何もない、難攻不落な城郭だったであろう。

急斜面を写真で示そうと、周囲を探しまわって撮ったのがこれ。

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45度以上ありそうだ。
この面は切岸(きりぎし)と言って、斜度が緩い場所を削って急傾斜にしたものだそうだが、どの面もここと同じくらいの斜度であった。
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斜面に生えるヤエムグラ。
平地では互いに寄りかかりながらとげを引っかけて立ち上がるのだが、ここではほふく前進しているように見える。そのくらい急傾斜ということだ。

頂上の眺めは好いのだが、残念ながらめだった遺構はなく、猫の額ほどの広場。

それにしても武田晴信は、明らかに無謀と思える砥石城攻めをなぜ決行したのか?
聡明で知られる武田晴信だが、若気の至りということだろうか? 腑に落ちない。

砥石崩れの翌年、この城は真田幸隆によって一夜にして落とされたという。調略だろうという説があるが、記録がなく真相は不明だそうである。

砥石城を含む真田の庄は、もともと真田一族のものであったのが、信濃で勢力を広げた村上義清に奪われたものである。追われた真田幸隆はその後武田晴信に属し、この功績によって取り戻した。


さて、本城へは、気持ちの良い、明るい尾根伝いを進む。

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本城跡には、点々とスズメノヤリがあった。
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スズメノヤリを漢字で表すと「雀の槍」。
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槍は槍でも、大名行列で槍持ちが持つ飾りの付いた槍だろう。
誰が命名したのかわからないが、「雀が大名行列で持つ槍」とは、ほのぼのとしたうまい名前だ。
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穂はもう果実になっている。これが雌性期や雄性期の花であれば、一段と華やかなはずだった。ちょっと残念。

ちなみに、槍の頭の部分は苞葉である。横にもう一つ小さな苞葉が出て、鎌槍のようになっている。

400年以上も前の城跡をスズメノヤリが守っているとは…

それにしても、城跡を訪れたにもかかわらず、それらしい写真を撮ってないことに気が付いた。
遺構がないこともあるが、これはひどい。反省。
せめて上田市の観光ガイドをご覧いただきたい  


余談ですが…
砥石城は、昨年も行ってみようとしたのだが、カーナビにも道路地図にも載ってなくて、断念した。
そこで今回は、はじめに「真田歴史館」というところに行って、砥石城などの周辺情報を仕入れたのだった。 
地図にないだけに、道なき道を行く覚悟をしていたのだが、登り口にはきれいな案内板(頭書に掲載)があり、コンクリート製の階段が整備されていた。
来年のNHK大河ドラマで真田幸村を取り上げるそうなので、それであちこち整備しているのだろうか。
上田市内は、いたるところに六文銭のノボリが掲げられ、大いに盛り上がっていた。

次回はタンポポの攻防の予定。

2015年6月2日、報告:自然観察大学 事務局O


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by sizenkansatu | 2015-06-02 19:07 | フィールド | Comments(0)

東京駅100周年で思うこと

東京駅の開業100周年で、駅舎がライトアップされている。
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東京ミチテラス2014と言って、丸の内かいわいも巻き込んでのイベント。(12月28日まで)
LED照明で、開業当時の大正ロマンの色彩を再現しているのだそうだ。
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うーむ。青色LEDがパワー全開。

交通整理の係員がたくさんいて、
〝立ち止まらないでください〟
〝立ち止まっての写真撮影はやめてください〟
と連呼し、徹底して管理されていた。
100周年記念スイカで、ミソをつけたので、警備体制を厳しくしたのだろう。
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ライトアップはきれいなのだが、気になるのは手前の囲いの部分。
画面で駅舎と人混みの間に観える白いボードで覆われたところだ。
かつて、駅前の広場はなかなか好い観察場所だった。

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これは2007年4月の写真。(ポジフィルムからスキャニングしたもの)
手前に観えるのはシロイヌナズナ。植え込みのわずかなすき間に元気に育っている。
遠くには芽吹きをはじめた大きな木もあって、ビル街のオアシスといった風情であった。
この広場は何十年もの間、I瀬先生の観察フィールドだったそうである。

駅前広場はまだ工事中だが、果たしてどんなふうになるのだろうか。
駅舎の復元は立派にできたが、広場のほうも雑草のパラダイスとして復元していただきたいものだ。

なお、シロイヌナズナは植物ではじめて遺伝子解析されたことや、宇宙ステーションで育てられていたことで知られる、雑草界の名士である。

このところ、なかなか投稿できない日々が続いているが、来年はせめて週一でできるように頑張りたい。

2014年12月28日、報告:自然観察大学 事務局O

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by sizenkansatu | 2014-12-28 22:44 | フィールド | Comments(0)

八方尾根に行ってきました

残暑いかがお過ごしでしょうか。
8月はじめの八方尾根での写真を、気楽に観てやってください。

クルマユリ。
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画面の下の輪生する葉で “車百合” だそうだ。

タテヤマウツボグサ。
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上品さと派手さのバランスが good。
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シソ科の唇形花。

この日いちばん目立っていたのはシモツケソウ。
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漢字では下野草とするらしい。不思議。
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花のアップ。雄しべが長い。

アサギマダラは長距離移動で知られている。
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蜜を補給して、これからどこまで行くのか…

ツノアオカメムシ。
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ちょっと前に登場したばかりだが、お気に入りの虫は何度も出てくる。
⇒ http://sizenkan.exblog.jp/16494772

ハッポウタカネセンブリ。
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苦い生薬として知られるセンブリの仲間だそうだ。

タカネマツムシソウ。
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マツムシソウ科マツムシソウ属。
何者にも似ていない、孤高の存在だ。

こんな山の上にも、ミミナグサが…
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と思ったが、花が少し大きくて、葉の感じも違う。
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クモマミミナグサという高山植物だった。

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八方池までは、ゴンドラ&リフトの終点から2時間ほどかかった。
残念ながら白馬連山は雲の中だったが、ゆっくりと山の生き物に親しんだ。

おまけ。
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帰路、道の駅で見たツバメの巣。
親が餌を与えるのを撮ろうとしばし粘ったが、早すぎて追いつかない。
与えるのも飲み込むのも一瞬だった。

2012年8月14日、報告:自然観察大学 事務局O
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by sizenkansatu | 2012-08-15 00:03 | フィールド | Comments(2)

紀州の話-1

7月末から8月はじめに和歌県に行ってきたので、その報告をさせていただく。

熊野の巨樹

山熊野速玉大社のご神木、オガタマノキ。
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すごい迫力。
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案内板に、天然記念物、モクレン科、樹高21m、目通り幹回り1.65mの大樹と記してある。
樹皮はマメヅタで覆われている。
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名前はマメヅタだが、マメでもツタでもなく、ウラボシ科のシダ植物。
胞子嚢が確認できる。
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高所の枝には着生ランが見える。
説明書きにボウランという暖地性の植物と記されていた。
このオガタマノキの巨樹ではミカドアゲハも育っているらしい。

次は熊野那智大社のクスノキ。
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樹高27m、幹回り8.5m、樹齢約800年の天然記念物で、平重盛の手植えと伝えられている由。
こちらの御神木はやや通俗的。
樹幹部の空洞の胎内くぐりというのがあって、護摩木を手に中に入れるのだ。
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護摩木初穂料300円。

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どこの境内でも目立ったのがイヌビワ。
ビワに似ているが食えないのでイヌビワという名前が付いたらしいが、どう見てもイチジク似だ。(分類はクワ科イチジク属)
イヌビワは関東にもあるが、ここ紀州ではとても多かった。
もともとイヌビワの分布は関西以西で、東京近郊で見るイヌビワは導入移植されたものなのだろう。


熊野大社といえばカラス
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三本足の八咫烏(やたがらす)は現在サッカー日本代表のシンボルとなっているが、熊野大社が元祖。太陽の使いの神獣とされている。
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熊野牛王符(ごおうふ)は、一般的な護符のほか、古くから起請文として利用されている。
この牛王符は、熊野権現の使いである烏で文字が書かれている。
なんと記されているのか、残念ながら私には読めない。


熊野古道を少しだけ歩いた

熊野古道はご存知のように熊野三山を中心に伊勢神宮、高野山など紀伊半島を縦横に結ぶ道で、総延長は1000kmに及ぶと言われている。
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千数百年の歴史を持つ古道は、自然と人間が作り出した傑作。
歩くだけでなんとなく荘厳な気持ちになってくる。
この道が太古の昔につくられたのだと考えると、まったく頭が下がる。
石畳あり、玉砂利や砂を敷いたような箇所あり、重機のない時代によくぞこれだけのスケールの道を整備したものだ。
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山林のほとんどは整備されたスギの人工林。
どこを見ても手入れが行き届いている。
自然林とはちがって、これはこれで美しい。
世界遺産になってからは自分の山林の手入れができなくなったと聞いた記憶があるが、今は解決しているのだろうか。


余談ですが…

熊野古道には九十九王子というのがある。
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これは “牛馬童子” という、九十九王子のうちのひとつ。
かわいい顔をしているが、牛と馬を横並びにしてまとめてまたがるのだから、驚くべき巨人だ。
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隣にいたのは役行者。
説明書きを見てはじめて役小角と分かったのだが、よく観ると確かに長いあごひげと一本歯の高下駄姿だ。
ほかで見るおそろしげな修験者像とは雰囲気がまるで違う。

九十九王子自体が信仰の対象にもなったようだが、明確な由来はわからないそうだ。
牛馬童子のような石像は珍しく、普通、石塔や石碑が数kmごとにある。
熊野詣での人々には、旅程の目印・励みになったものと考えられるが、なぜか中辺路と紀伊路の二つの道にしかないらしい。


もう一つ余談

熊野古道の自販機で、カボス果汁入りの飲料(名前は失念)を購入した。
これが絶妙な大人の味! 酸味とほのかな苦みが夏の熊野古道にぴったりだった。
それ以後、もう一度飲みたいとずっと探していたのだが、残念ながらどこにもなかった。
みなさん紀州・熊野古道へ行ったらぜひ探して飲んでみてください。
ちなみに私が買ったのは、発心門王子の近くの休憩所そばの自販機です。

次回から、紀州で見た生物の話をさせていただく。

2011年8月15日、報告:自然観察大学 事務局O
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by sizenkansatu | 2011-08-15 19:03 | フィールド | Comments(2)

大町公園-1

千葉県の市川市大町公園の一角に谷津の地形を生かした自然観察園がある。
湿地にはハンノキが大きく育ち、この谷津の歴史を感じさせる。
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ここでは木道が整備され、保護のため湿地への踏み出しは禁止されている。

谷津は丘陵地が浸食されてできた地形で、斜面林と湿地は多様な生物がくらすのによい環境だ。
関東では当たり前のような谷津だが、他ではあまりない地形らしい。以前土佐からの来訪者が珍しがっていたのを思い出した。

湿地で一番エラそうにしているのが外来植物のキショウブとオランダガラシ(クレソン)なのは残念だ。とくにオランダガラシの勢力はすごい。
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画面手前のほうにあるのがオランダガラシ。一面を覆いつくす所もあった。

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この日はエゴノキが満開で、甘い香りをたのしませてくれていた。
匂いはお伝えできないが、画面でエゴツルクビオトシブミの “落とし文” が確認いただけるだろうか。
(昨年オトシブミの揺籃づくりの過程を撮っているので、いずれ紹介させていただく)

木道を歩いていると、休憩中のカワゲラの成虫を発見した。
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カワゲラは、カゲロウ、トビケラと並ぶ川虫御三家のひとつ。
和田宿でも白州でも観られなかったのに、ここで出会うとは…
実は、この日の目的は水路での川虫さがしだったが、残念ながら空振り。カワゲラがいることはわかったが、やっぱり木道の上からでは難しい。ぜひ幼虫を見たいものだ。

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これはカナヘビ(ニホンカナヘビ)だろうか? 

谷津のにぎわいを、次回以降も紹介させていただく。

2011年5月27日、報告:自然観察大学 事務局O
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by sizenkansatu | 2011-05-27 19:38 | フィールド | Comments(1)

4月の見沼田んぼ

本年度の自然観察大学の観察会は見沼田んぼ。
4月16日に先乗りで現地を見てきた。
ここでは、5月の観察会では観ることのできない植物の花など、4月の見沼田んぼを写真で紹介させていただく。

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見沼の観察会でシンボル的な存在のカシワ。
ちょうど新緑の開花時期で、垂れ下がったのは雄花穂。
カシワは今年も元気だ。

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オオミノガ。
子供のころはどこにでもいると思っていたが、外来の寄生バエによって現在は激減してしまい、各地でレッドリストに挙げられているようだ。

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これはサルトリイバラの花(雄花序)。斜面林で見た。
観察会の時期には、残念ながら花は終わっていると思うが…

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アブラナ科の雑草ではナガメが活躍していた。
前翅のもとの方が硬くなっていて、かつて半翅目(はんしもく)と言われていた理由がわかる。現在のカメムシ目という名称はちょっと味気ない。
カメラを嫌ったのか、飛び立つ瞬間が偶然撮れた。ナガメの名前の由来は菜亀と言われている。

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クワの花(雌花序)。5月には紅く色づきはじめた果実が見られると思う。

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若いオニグモ。人家の生垣にたくさん見かけた。
人間に近いクモのひとつだろう。

見沼田んぼでも地震のツメ跡らしい崩壊があったが、生き物たちは元気だった。

2011年4月22日、報告:自然観察大学 事務局O

………………………………………………………
参加予定のみなさんへ … 5月15日にお会いするのを楽しみにしています。
観察会の詳しい案内、参加申し込みは… 自然観察大学ホームページ http://www.sizenkansatu.jp/ 【募集案内】をご覧ください。
申込はまもなく締切とさせていただきます。
………………………………………………………
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by sizenkansatu | 2011-04-22 16:14 | フィールド | Comments(0)

岡発戸で秋をさがす

猛暑が続く9月4日、岡発戸・都部谷津(おかぼっと・いちぶやつ)へ行った。この日も熱い。途中路上で何度も救急車とすれ違ったのは熱中症なのだろうか。だとしたらおそろしいことだ。
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到着していきなりカマキリがアブラゼミを捕食しているシーンに遭遇。
捕食性昆虫の中でも、カマキリのようにバリバリかじるタイプは迫力がある。カメラに気づいて時々頭をあげるが、食べるのをやめることはなかった。
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水の少ない田んぼではクモが忍者のようにすばやく水面を走る。スピードはアメンボよりもずっと速そうだ。
A先生に写真を見ていただくとキクヅキコモリグモの幼体の由。 “幼虫” ではなく “幼体” というのは、クモは昆虫ではないからか。
背中に子供を背負うので “子守グモ” だそうだが、その姿を見てみたいものだ。このクモは網を張ることはなく、水面や稲体を移動しながらウンカなどを捕らえ、田んぼの捕食者の代表とされている。

ここは今年から “生き物田んぼ” として手入れを開始されたところで、水生生物や多数のトンボ(主にシオカラトンボ)もいた。今後さらに楽しみな場所になりそうだ。
ところで、トンボの交尾は雄が腹部先端の尾角で雌の首っ玉を捕まえ、雌は腹部をひねって雄の腹部の付け根にある貯精のうから精子を受け取るそうだ。ややこしいことこの上ない。よくこんな格好で飛べるものだ。そんなことを考えていたのでピントが甘くてすみません。
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岡発戸へ行くと、毎回必ずAさんにお会いする。Aさんはこの谷津の環境を守る谷津守人のメンバーだ。いつもゴム長で泥まみれになって作業をしておられる。今年は雨がなくて田んぼの水が干上がってしまい、苦労をされている由。

この谷津は 『谷津ミュージアム』 といって、昭和30年ころの里山風景を取り戻そうと、谷津守人のみなさんががんばってくれています。2009年には「第一回水と緑のネットワーク拠点百選」に選ばれました。自然観察大学でも観察会のフィールドとしてお世話になっています。本当にありがとうございます。
谷津ミュージアムの紹介:http://www.city.abiko.chiba.jp/index.cfm/21,12055,211,765,html

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キジの親子に遭遇した。1羽ずつ順に通路を横切ったのが全部で4羽。写真のどこにいるかお分かりだろうか。ヨシ原の前で小休止し点呼を取っているようにも見える。このあとまた順番にヨシ原に入って行った。規律正しい隊列だ。子供も親と変わらないくらい大きく、雄は目の周りが赤くなっている。

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クズの花が咲いていた。花穂の下から開花するので上は蕾。まだ咲き始めだ。クズも熱中症が怖いのか、葉を閉じて我慢しているようだ。こちらはクズの甘い香りで心なしか暑さも和らぐ。
ところで、クズは秋の七草とされている。これが咲いているということは、やはり秋は近いということか。
昨年の自然観察大学の岡発戸での観察会で『自分にとっての秋の七草』というアンケート調査をした。その中でクズはススキに続くランキング第2位だった。詳しくは2009年の第三回観察会レポートをご覧いただきたい。
(見ていただく場合、お手数ですが自然観察大学トップページ http://www.sizenkansatu.jp/ の【バックナンバー】から順にクリックしていくしかありません)
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キツネノマゴに止まるマイコアカネのコンビ。これぞ秋限定の一品。日陰の草むらに大勢いて、S先生に写真を見ていただいてマイコアカネと確認できた。雄は成熟すると真っ赤になる由。雄のこの体色は秋を感じさせる。
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こちらの雌は黄色。額の斑紋を眉に見立てるようだが、複眼と口器の間なので鼻の穴のようにも見える。
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最後に見たのは作業小屋裏の電柱の補助ワイヤ(?)に行儀よく並んだトンボ。おそらくノシメトンボだと思う。写真で数えると少なくとも27-28頭はいる。

2010年9月8日、以上報告:事務局O
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by sizenkansatu | 2010-09-08 14:58 | フィールド | Comments(1)

植物、虫、鳥など自然を楽しむ  ★写真の無断転載はお断りいたします★
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