自然観察大学ブログ

虫のショート・ショート -第2話-

d0163696_12482373.jpg第2話(ファンタジー)

幻 屋

平塚四郎

(写真:河合省三氏提供)

 巨大なセレベス島のボネ湾を右に見ながら、われわれT大学生物調査隊の一行12人は、日本から運んだ3台の車でマカッサルから約400キロを北上した。わずか400キロでも、大熱帯林や沼沢地を、あるかないかの小道をたどって一寸刻みに進み、肝心の調査よりも車を通すための土木工事が大半という、悪戦苦闘の連続であった。そしてその作業も限界に近づいたとき、われわれは山岳部の大種族 “トラジャ” の拠点であるマカレ部落にたどり着いた。事故がなかったことが奇跡的ともいえる1カ月の行程であった。
 トラジャはセレベス原住の代表的な種族だがその人口も定かではなく、マカレ部落にしても、われわれ一行を見て住民が隠れてしまうほど文明ずれのしていない仙郷なのである。棟が張り出して見事な彫刻で覆われたトラジャの家屋群は、異常な静まり方と相まってわれわれに妖幻怪奇の世界の迷い込んだかのような錯覚を覚えさせた。
 この部落に調査隊は約1カ月間キャンプを張った。この間、徐々にトラジャの人たちとも言葉が通じなくても心の交流が芽生え、赤道直下の奥地にしては、標高1000メートルの高地だったこともあり、快適な日々が続いた。

 隊員の中に、フーちゃんという男がいた。正しくはT大学植物学教室研究員布施洋三理学士なのだが、本人は職のないまま教室に残ったというだけで、植物学者になるつもりは毛頭なく、卓越した運転技術だけで隊に加えられたという。フーちゃんという愛称には多少軽視の意味も含まれているようであった。もちろんその植物学的な蘊蓄も怪しい限りであったが、不思議にだれからも愛された。怪力の毛むくじゃらの大男に似合わぬ童顔と人の良さ、24歳にもなって子供じみた野次馬根性などなど、調査隊の雑談の輪の中ではいつも中心に彼がいて、こうした隊にありがちな内部のトラブルが一切なかったのも、多分にフーちゃんが緩衝帯となってくれたためである。
 生物調査隊といっても主力は植物班で、昆虫班としては私が申し訳程度に外部から参加しているだけであったが、私の乗る車の運転手をフーちゃんが担当した縁で、私は彼に見込まれ、何かにつけて頼りにされたのである。

 話は先を急ぎ、マカレ最後の夜、「すぐそこ」というフーちゃんにだまされて山道を2時間も歩かされた。彼が私を案内したのはトラジャのみすぼらしい小屋であった。中には娘がたった一人でいて、嬉しそうにフーちゃんを迎えた。私にとって夜、トラジャの、それも娘一人の家を訪問するのは初めてのことで、入口で戸惑っていると、「ナーさん(私の名)ここに座んなよ」と、フーちゃんがまことに鷹揚に言ったものだ。
 トラジャの娘は年頃になると前歯を切る風習があるが、その娘はまだ白い歯をのぞかせていた。まだ二十歳前くらいであろうか。黒い大きな瞳が印象的であった。フーちゃんと知りあったいきさつはわからないが、彼は得意そうに「俺にホレているらしい」という。娘には身寄りがなく、部落でも疎外されているような境遇らしかった。
 それにしても殺風景な部屋であった。古い木のタンスのほかは、フーちゃんの贈り物であろう車のバックミラーが大切そうに壁に掛けてあるだけであった。
 所在ない私を尻目に、フーちゃんはわずかな現地語と手真似を交えて熱心に娘と語り合った。突然娘の目に涙が浮かんだ。彼が明朝の出発を告げたのだ。
 彼は勝手にタンスを開けて私を呼んだ。「ナーさんにこれを見せたかったんだよ」。
私は一驚した。それは古い背負袋であった。形はありふれたものであったが、その表面は無数の甲虫の翅鞘を綴り合せて精巧な幾何模様を構成し、一見して材料は100種を超えていた。暗いランプの下で時代物のその袋は、燦然とトラジャの原始芸術の歴史を物語っているかのようであった。
 「ナーさん、すごいだろう。でも、どうしてもくれないんだ」。思いは私とて同じであった。この地方での私の採集品と比べて、この甲虫たちはなんと絢爛豪華な大型種で満たされていることであろうか。写真機を持ってこなかったことが悔やまれた。
 やがて、私たちは「さよなら」という、淋しげな娘の日本語に送られて小屋を出た。

 帰り道、フーちゃんが立ち止り、シャツのボタンをはずして「ナーさん、持ってきちゃった」と言った。私の顔が蒼白になったのが夜目にも分かったであろう。「返してこい!」と私が怒鳴ったのと、追いかけてきた娘の姿を認めたのはほとんど同時であった。娘は背負袋を両手で抱き締め、後ろ姿の両肩に精一杯の怒りを見せ、裏切りに声をあげて泣きながら月明の中を去って行った。
 フーちゃんにその行為をなじりながら、キャンプに帰り着いたのは午前3時を回っていた。屈託のないフーちゃんの大いびきを聞きながら、私は一睡もできなかった。

 早朝、大勢のトラジャの人びとに見送られ、思い出深いマカレ部落を後にした。見送りの中に、もちろんあの娘の姿はなかった。
 私の横で車を運転しながら、フーちゃんがナップザックを投げてよこした。信じられないことに中身はあの背負袋であった。
 あれから彼はずっと私と一緒だった。私たちの後からあの娘も同じ夜道をたどり、だれかに背負袋を託し、フーちゃんに会わずに帰って行った……。このたった一つの可能性について私は彼に何も聞かなかった。のめりこむように気が重かった。
 「もらっちゃった、もらっちゃった」、フーちゃんはこよなく上機嫌であった。

 蛇足ながら、この背負袋は日本に来なかった。私の知らない間に、小遣いのなくなったフーちゃんが、マカッサルのホテルでオランダ人のオーナーに呉れてしまったのだ。スコッチ2本とのはかない交換であった。

(日本昆虫学会50周年「記念大会かわら版」第3号<1967.10>より)
第1話の前書き参照
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本編はその当時南回帰線直下の別の場所で、ぼくが参加したある動植物調査隊でのよく似た経験に基づく。ぼくにとっては生まれて初めての外国旅行であった。まだ国外調査が珍しかった時代で、NHKから取材班が同行し、帰国後何回にもわたってその様子が放映された。あれから40余年、フーちゃんのモデル君もいまや幽明を異にしている。合掌。
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2012年3月6日、報告:自然観察大学 学生 つくば市:けんぞう
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by sizenkansatu | 2012-03-06 12:54 | その他 | Comments(0)

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