自然観察大学ブログ

臆説「農作物」

<事務局より>
つる植物の話-5 「アレチウリ」 http://sizenkan.exblog.jp/14685102/ の余談で「農作物」の読みについて申し上げたところ、コメントで活発なご意見をいただき、さらには下記のような投稿をいただいた。自然観察とは離れたテーマだが、以下のとおり紹介させていただく。
駐在員の小田さん、ありがとうございました。

………………………………………………………

1.平安時代初期の「作物」 

 「種々作物」(「続日本紀」(797年)、「掘採之銅乏少、作物之数欠有」(『三代格』841年)、「相模国…中男の作物、紙・熟麻・紅花・茜・短鰒・堅魚・海藻」(『主計尞式』)等…
 「作物」をどう読んでいたのでしょうか? 
 古語辞典によれば、「漢語としては『さくぶつ』か。『もつ』は慣用音。」だそうです。
 では、「作物」とは何だったのでしょうか?
 古語辞典によれば、「人手で作ったもの。農産物・海産物、あるいは工芸品などに広くいったが、のちには農産物に限定していうようになった」とのことです。『三代格』の「作物」が銅製品であることは明らかです。『主計寮式』では種々の農産物や水産物ですね。
 少なすぎる資料からの大胆すぎる臆説として以下のことが言えないでしょうか。「作物」とは、
①はじめ、「人間の手が加わって生産された(=作られた)すべての物」を指していたが、
②やがて、農産物・水産物・鉱産物等を指すようになった。
③当時にあって「作物」とは、税制上の用語であった。律令制国家の下では、「租」(稲)は主税寮で扱われ、主計寮が扱うのは「庸」と「調」だった。したがって、「作物」とは、「租」(稲)以外の、「庸」「調」として扱われるすべての生産物を指していた。稲も「庸」として扱われる場合は「作物」だったのかもしれない。
 「作物」という言葉は、律令制国家の過酷な収奪に苦しむ民衆の汗と涙を体現した言葉だったのかもしれません。


2.江戸時代の「作物」

 「向島は百姓地だから、些(ちっと)は作物(サクモツ)のことも弁(わきま)へざあなるめへ」(滑稽本)いつの頃からか、呉音による「サクモツ」になっていますね。
 また、その意味は、「庸」「調」で扱われる農産物・水産物・鉱産物等すべての生産物を指していたものが、いつの間にか明らかに農産物に限定されています。これは、元来が「税」を表す言葉であったため、「税」の中心が農産物になった歴史を反映してのことであろうと思われます。また同時に、産業の中心が農業であった産業構造を反映してもいるのでしょう。
 注目すべきは、この用例から見る限りでは、つらい重い年貢、というニュアンスは皆無で、一般的に農作物を指しているだけでなく、読みようによっては、「作物」に対する一種の親しみ・愛着そして尊敬さえもが感じられなくもないことです。「作物」という言葉が「税・年貢」という意味から離れて一般化したこと、そのことによって、消費者の親しみと愛着の対象になっていったことが窺えます。それは生産者の立場から言えば「誇り」の対象でもあったのではないでしょうか? このことを知って私は嬉しくなりました。


3.明治時代の「作物」

 「さくもつ」
「狐も一生懸命、畠の作物(サクモツ)を蹴散らして・・・」(巌谷小波『こがね丸』)。江戸期の読みと意味をそのまま継承しています。『言海』(1866年)でも同様です。また『言海』には「農作物のうさくもつ・のうさくぶつ」はありません。この時代、この言葉はまだなかったのでしょう。富国強兵殖産興業の時代にあってもなお、「作物さくもつ=農作物」はすべての生産品の代表としてその名称を占有していたわけです。


4.大正時代の「作物」

 『言泉』(1921年・大正10年)では少々ややこしくなってきています。
 「さくもつ:田畑に植ゑて作るもの」江戸時代・明治期の栄光をなおも保持してはいますが、
 「農作物のうさくもつ:作物(さくもつ)に同。」「農作物のうさくぶつ:農作物(のうさくもつ)に同じ」という項もあります。これらについてはどう考えればいいのでしょうか?

 まず「農作物のうさくもつ」。なぜ新たに「農」が付いたのでしょうか? 
 一つ考えられるのは、識字人口の増大です。識字人口が少数だった頃は、耳で「さくもつ」と聞いて「農作物のことだ」と素直に理解していたはずです。しかし、字とその意味を知った人の中に「『作った物』と言えば他にもいろいろあるじゃないか。明確にするために『農』を付けようぜ」と思った人がいた可能性は十分あります。そしてまた、いったん「農作物のうさくもつ」という言葉が使われ始めるや、「『作物さくもつ』だけで『農作物』を意味するのだ」というこれまでの慣習的な理解は急速に失われていったにちがいありません。
 もう一つ。資本主義経済の急速な勃興の中できわめて多様な諸産業諸商品が誕生し、本来の意味での「作物つくったもの」を細かく分けて言葉で規定する必要も強くあったろうと思います。
 「農作物のうさくぶつ」これについては後で触れます。


5.現代

 「作物さくもつ」
 「作物さくもつ」だけで「農作物のうさくもつ」を指す、という古くからの意味は、「園芸作物」「換金作物」「救荒作物」「工芸作物」「商品作物」「飼料作物」「繊維作物」「染料作物」等の形で現代も生きてはいます。しかし一方、明治以降の資本主義経済の大発展と識字人口の飛躍的な増大の中で、「作物さくもつ」だけで農業生産物を指す、という意味はかなり薄れてきており、このことを知らない人も増えています。

 「農作物のうさくもつ」
 大正期の誕生時の事情がさらに強まって定着したのでしょう。
なお、現代の辞書ではこの言葉は正当な市民権を与えられていません。おそらくこれは「『作物さくもつ』だけで『農作物』を指すのだから、『農』は不要なのだ。重複規定なのだ!『危険が危ない・頭痛が痛い』とおんなじだ!」という理由から、辞書執筆者が見識を示したのでしょう。

 「農作物のうさくぶつ」
 この言葉は現代の辞書では市民権を得ています。おそらく「工作・物」「創作・物」「著作・物」と同じ構造の言葉として辞書執筆者が認めたのでしょう。しかし私はこの考えには賛成できません。なぜなら「林作物りんさくぶつ」「水作物すいさくぶつ」「海作物かいさくぶつ」等がないからです。「農作物」という表記を見て「のうさくぶつ」と読み間違え、これが普及定着していき、それが後知恵で「工作・物」「制作・物」系に取り入れられたのではないでしょうか? 論証はできませんがいかにもありそうなことです。しかし多勢に無勢。最早後戻りは無理でしょう。

6.活発闊達な論議を

 しかし、「歴史的に正しいかどうか」とか「多数派はどれか」とかの問題とは別に、「個人の言語感覚」「こだわり」の問題もあります。おそらく、この「個人の言語感覚」が多数寄り集まって最終的な多数派を形成しつつ、また新しく生まれる個人の言語感覚が多数集まって新たな多数派を形成していく、というのが言葉の歴史なのであろうと思います。
 大切なのは、この変化の流れを認めつつも、「ものわかり」がよくなってはならない、ということのような気がします。なぜなら、言葉に対するこだわりの背後には、それを使う人一人一人の思い -大げさに言えば感性や思想- が横たわっているからです。一人一人が個人の言語感覚にこだわり主張する、それらがわいわいがやがやああでもないこうでもないと交わされる中で最終的には新しい多数派が形成される、ということが必要であるように思います。これは、大げさに言えば、歴史の中における個人の主体性の問題、逆に言えば、個人が主体的に歴史の創造に関わろうとする意志の問題であるように考えます。Oさんたちの居酒屋会議はその栄えある歴史参加の一幕であったわけです。願わくば、「農作物」論争が日本の農業の豊かな発展に貢献しますように。以上。

2011年10月23日、報告:自然観察大学 品川駐在 小田
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by sizenkansatu | 2011-10-24 13:16 | その他 | Comments(5)
Commented by りりねこ at 2011-12-13 22:22 x
亀レスになってしまいますが、私もこのまえの議論?後に、この件で頭に浮かんだことがありました。小田さんのようにていねいに調べたりは全然していなくて、ただ思いついたことですが。
農作物「のう+さくもつ」との表現が普及している(生産者さん側が発信源?)とすると、作物(さくもつ)のカテゴリーをはっきりさせて言葉をわかりやすくより広く一般化するために、「農」で修飾させたものが広がったのでは?と私も思うのですが、
一方で、農作物「のうさくぶつ」は、外国語の翻訳の必要から出てきた言葉かもしれないと思いました。「さくもつ」だと大和言葉や和語でないにしても呉音で、口語的、なんとなく情緒的。なんの作物か、はっきり示せない。それを「農」で修飾した「のうさくもつ」も意味が重複して聞こえもするしで口語的。
Commented by りりねこ at 2011-12-13 22:24 x
抽象的で文語的で情緒抜きで公式な感じに示せる言葉も必要だったのかなと。漢語の響きがある「のうさくぶつ」がこれにふさわしかったのではないかと。
明治のころの訳語には、定着したものも、定着しなかったものもあり、定着しなかった訳語を今読むと奇妙だったりします。でも「農作物(のうさくぶつ)」は定着したんじゃないかと。思いつきです。
訳語ということではないにしても、文語的な表現が必要だったのかなと。
私は今までの自分の習慣から、「さくもつ」と「のうさくぶつ」が自然ですけれど、「のうさくもつ」も情緒があっていいですね。
あれこれ考え、この言葉の展開には、文明開化が裏にあるにちがいない!と知らない昔に思いを馳せました。笑。
Commented by りりねこ at 2011-12-28 11:31 x
先日のコメントに書き忘れたことあり、しつこくてすみません。小田さんの投稿に「作物」が、昔は「さくぶつ」と漢音で発音されていたとあったことで考えたことです。
それなら、「のうさくぶつ」と読む場合も、「農作+物」ではなく、「農+作物」の組立の可能性もあるのではないかと思いました。
私は「農作物」は、「のうさくぶつ」=「農作+物」で、
「のうさくもつ」と読むのは、「さくもつ」の印象からの誤読が広まりそれが慣用表現になったのだろうと思っていました。でもそれも深い根拠はなく、自分が「のうさくぶつ」と学校で読んでいたから。
でもこのブログでのコメント欄議論で、
「のうさくもつ」は、生産者やそれに近い側からの、「さくもつ」をより広く伝えるための慣用的な表現が広まり、
「のうさくぶつ」はパブリックなところから発信された言葉が伝わり、
双方とも、もしかしたら近代の同じころに、コミュニケーションの急速な拡大によって生まれ広がったのかも…と今は想像しています。2つの流れがあってそれぞれひたひた大きくなっていき、そしてここのブログ上でぶつかったのかな。なんて。これも想像です。
Commented by ミルフイユ at 2011-12-29 01:34 x
なるほど、作物は昔からあった言葉なわけですね。
私が前回自分でコメントしてから不思議に思ったのは、「農作」って?聞いたことないけど、いつから有る言葉?使われてるの?ってことでした。

で、ネットで検索してみたら、案外出てくるんですよねー。もっとも、農作物とか農作業とは桁が違いますけど。それと、義農作兵衛さんがかなり混ざっていたので、もっと少ないでしょうが。
農作風景、農作面積、農作技術、農作放棄、農作機械、農作試験所、農作被害……えー、聞いたことないよー。

昔から有る言葉だけど、あまり使われてなかったんでしょうか?
それとも辞書に載ってから使われるようになったのでしょうか?
Commented by sizenkansatu at 2012-01-10 14:50
いまごろになってすみませんが…
語源についてはよくわかりませんが、業界では現在でも畑作物(はたさくもつ)、食用作物(しょくようさくもつ)、特用作物(とくようさくもつ)、工芸作物(こうげいさくもつ)という用語を使っています。
そう考えると、農作物(のうさくもつ)というのが普通ですよね。

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